神戸東ロータリークラブ会報
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1KOBE EAST大和証券の山下でございます。6月15日に(株)三富商店の木下会長様と三輪運輸工業(株)の三輪相談役様のご紹介で、この伝統ある神戸東ロータリークラブに入会させて頂きました。本日は、自己紹介のお時間を頂戴致しましたので、私の略歴や仕事のことをお話したいと存じます。生まれは北海道の札幌で、1961年、昭和36年7月21日です。父親が昔の電電公社に勤めていたこともあり、子供の頃は、道内を転々としていました。どちらかと言うと、勉強よりは、外の大自然の中で、スキーやキャンプと遊んでばかりでしたが、今思うと貴重な経験でした。大学は一応、北海道大学の法学部なのですが、アルバイトに明け暮れ、いったい何を勉強したのか、あまり良く覚えておりません。今となっては、大いに反省しております。就職の時は、なんとなく、金融関係の会社に入ろうとしていました。親戚や周りの友人が公務員ばかりだったので、逆に民間企業を志望したのかもしれません。それで、当時一番仕事がきつそうだった証券会社を選んでしまいました。大和証券に入ったのは、全くの偶然で、一番最初に内定の電話が掛かってきたからです。ただそれだけの理由でした。その電話の30分後に某証券会社からも掛かってきたのを覚えています。電話が掛かってくる順番がもし逆だったら、自分の人生はどうなったのでしょうか。社歴は、札幌支店の営業部をスタートに、赤坂、大宮、新宿の各支店で個人営業を経験し、その後、本社の営業企画部や営業推進部を経て、平成14年の7月に東京の五反田支店長、本店営業第一部長、上野支店長、そして今回神戸支店に赴任してまいりました。バブルの時は赤坂支店でした。富士銀行赤坂支店の5,000億円の不正融資事件も、すぐそばで起こりましたし、蛇の目ミシン事件の小谷を始め、いろいろな仕手グループの口座や政治家の口座がたくさんありました。新宿支店の時は、ちょうど、2000年のITバブルの時でした。このときは、ある団体の不正経理、背任横領事件が起き、ある日日経新聞の社会面を開くと、私のお客さんが4人も逮捕されており、ものすごくびっくりしたのを覚えています。それ以来、日経新聞は社会面から見るようにしています。本当はもっと詳しくお話したいのですが、時間の制約もありますので、いつか機会があればお話したいと思います。私の勤務しています大和証券の神戸支店の歴史は、以外に古く、明治36年(1903年)2月(今から107年前)、大和証券の前身の藤本ビルブローカーの神戸出張所として、神戸市栄町2丁目に設置されました。現在の三宮には、今から50年前の昭和35年(1960年)3月に移転しました。元々映画館だった建物のようですが、柱が太く、大震災の時も殆ど壊れなかったそうです。大和証券になってからの神戸支店長としては、山下恒司―大和証券 神戸支店―新入会員自己紹介 2010.9.7

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